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Sunshine

2015年05月20日

彼の短編小説集に


退廃主義や頽廃派と呼ばれた戦後デカダン(décadentisme)派と言えば、
代表格は何と言っても太宰 治だろう。
小説『人間失格』『斜陽』などの作品で、一時代を築いたとも言える。
だけど、これらの作品だけで「これが太宰だ」とは、言ってしまえないところがある。

彼の短編小説集に『新釈諸国噺(ばなし)』というのがある。
これは、井原西鶴が書いた小説をたたき台として、太宰流にアレンジして書き改めたもの。
この冒頭に凡例として書いているが、
そこに「西鶴は世界で一番偉い作家である」と表現している。
この『新釈諸国噺』の中に
原稿用紙30枚ほどの『裸川』という作品がある。
これは、もちろん西鶴の『武家義理物語』をアレンジしたものだが、
もともと『太平記』の青砥(あおと)左衛門尉藤綱(ふじつな)の
評伝部分を井原西鶴が自分流に脚色したもの。
そうすると、太宰作品は、アレンジのアレンジということになる。
『太平記』に書かれている、もともとの話を紹介すると、
「青砥藤綱は、鎌倉北条氏の時代に裁判官をしていたが、
ある夜、金十文を鎌倉の自宅近くの滑川(なめりがわ)に落した。
川の中に落ちたが、そのまま放置しないで、夕暮れにも関わらず
たいまつを五十文で買い、水の中を照らして、とうとうそのお金を見つけた。
その行ないを見て、人は大損だと笑ったが
「十文は小さいが、これを無くすことは天下のお金を無くすこと。
五十文を無くしたが、これが流通することによって人々の為になった」
と諭したという話。
西鶴は、さらに改編して、探す者が不正をする話とし、
その悪事に染まず志を高くした武士の行為が殿様に聞こえ、
「あっぱれ」として高く登用されたというストーリーに改編している。

この西鶴『武家義理物語』は”講談口調”で読むと、それらしく響く物語。

それを太宰はさらにアレンジしてオチ咄にしたのが『裸川』。
これは”落語口調”で読むと、面白さがマシ加わるというもの。

このようなオチ咄にこそ太宰の妙味がある。

とは言え、「川」だけに「オチ」というのは頂けない。



Posted by Sunshine at 11:30│Comments(0)
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